아이키도의 정의
홈 > 자료실 > 아이키도의 정의
아이키도의 정의

「六根を清め愛の大精神へ」육근을 정화해서 사랑의 대정신으로!

관리자 0 160

『ごしんのちえ』本編(第18話)で「六根清浄」をご紹介しました。

 

合氣道の開祖もまた、六根を清める必要性を説いています。眼、耳、鼻、舌(口)、身、意は常に清浄にしなさいと。

それはやがて、愛の大精神へと繋がると仰います。どういうことでしょう。

 

“호신의 지혜“ 본편 제18편에서”육근청정: 육근청정(육근의 집착을 끊고 무애(無礙)의 묘용(妙用)을 발하여 깨끗해짐)소개했습니다.

합기도의 창시자도 또한 육근을 깨끗이할 필요성을 말씀하셨습니다.

눈,귀,코,혀(입),몸, 뜻은 항상 청정하게 해주세요! 라고하셨습니다. 그것은 그대로, 사랑의 큰정신과 연결된다고 말씀하셨습니다.

 

六根は、私たち人間がこの世を生きる上で、自分以外の人や物を感じ取るアンテナです。

それはちょうどラジオに似ています。

感度が低いと電波を正しく受信できず、その結果、雑音を発します。

同じように、人間も六根の感度が低いと周囲のことを正しく受け取れません。

その結果、偏見や誤った理解となり、粗雑な言動やコミュニケーション不全の状態で周囲に発せられることになります。

 

육근은 우리들 인간이 이 세상을 살아가는 위에 자신 이외의 사람과 사물을 느껴 취하는 안테나입니다. 그것은 마치 라디오와 비슷합니다. 감도가 낮으면 전파를 정확히 수신할 수가 없고, 그 결과 잡음을 발생합니다. 마찬가지로 인간도 육근의 감도가 낮으면 주변의 일들을 정확하게 받아들일 수 없습니다. 그 결과 편견과 잘못된 이해로 되어 조잡한 언동과 소통부전의 상태에서 주위에 발하게 되어지는 것입니다.

 

これでは世の中を正しく認識することができませんね。開祖は、それが世の乱れにつながると指摘し、それが一番罪悪になると仰います。六根を清浄にしていれば、世の中を正しく受け止めることができます。周囲の人や物を正しく理解することができれば、単に物質的なうわべの理解にとどまらず、その奥にある真意(魂)を捉えることができるようになるでしょう。

 

그러면 세상의 중심을 정확하게 인식하는 것이 불가능하겠지요. 창시자는 그것이 세상의 어지러움에 연결된다고 지적하시고, 그것이 제일 죄악이 된다고 말씀하셨습니다. 육근을 정화해주면 세상의 중심을 정확하게 받아들이이는 것이 가능합니다. 주위의 사람과 사물을 정확하게 이해하는 것이 가능해지면 단순히 물질적인 외관의 이해에 멈추지 않고 그 뒤(속)에 있는 진의(혼)을 붙잡는 것이 가능하도록 되겠지요!

 

因みに私は会社勤めをしていた頃、「魂のこもった仕事をするなぁ」と上司から褒めて頂いたことがあります。それは、相手や関係者の立場を素直な眼と耳で見聞きし、正しく理解して、相手のためになることを提示できたからでしょう。

自分が素直な気持ちで接することができれば、お互いの魂に響きあう仕事ができるようになるのです。

 

덧붙여서 나는 회사근무를 하던 시절 “혼이 깃든 일을 하는군요”라고 상사로부터 칭찬을 받았던 일이 잇습니다. 그것은 상대와 관계자의 입장을 솔직한 눈과 귀로 보고듣고 정확하게 이해해서 상대를 위한 것을 제시할 수 있었기 때문이지요. 스스로가 솔직한 기분으로 접대하는 것이 가능하면 상호간의 영혼이 울리는 일이 가능하도록 될 것입니다.   

  

開祖はまた次のように仰います。

「六根を清めて融通の変えやすいようにすれば、魂の道が明らかになる。」

六根を清めることは、細やかなものから雑な物まで幅広く受け止める融通の変えやすさにつながります。感性の幅を広げる、器を大きくするとも言えるでしょう。全ての人や物と合わせられる状態です。その時発せられる全ての言動が、魂のこもったものになります。開祖はこれを「魂の比礼振り(ひれふり)」と仰いました。すると、外(他)と内(自)の相互交流ができるようになり、外のことは、みな己のことということがわかるというのです。

 

창시자는 다음과 같이 말씀하셨습니다.

육근을 깨끗이해서 융통이 쉽게 바뀌도록하면 혼이 도가 명확해진다。」

육근을 깨끗이 하는 것은 세세한 일부터 복잡한 일까지 폭넓게 받아들여 쉽게 융통이 바뀌는 것에 연결됩니다. 감성의 폭을 넓히고 그릇을 크게하는 것이라고도 할수 있겠지요. 모든 사람과 사물과 맞춰지는 상태입니다. 그때 발생되는 모든 언동이 혼이 깃들게 됩니다. 창시자는 그것을 「혼이 휘두름(ひれふり)」이라고 말씀하셨습니다. 그러면 밖(타인)과 안(자신)의 상호교류가 가능하도록 되고 밖의 일은 모든 자기의 일이라고 하는 것을 이해할 것이라고 말하는 것입니다.

 

つまり、<自己=宇宙>という図式ですね。

自分という小宇宙と周囲の人や物という大宇宙の中心が合っていること。

これを合氣と言います。とは言え、世の中には気の合わない人や苦手な人・物などがありますね。それらを毛嫌いしている内は、まだそれらと合氣できていないということです。つまり、宇宙と合氣できていないのです。仮に、「自分=宇宙」であるとすると、自己の中に全てが含まれます。その嫌な人や物も、自己の投影に過ぎないということです。だから認めたくないので反発したくなる。でも、毛嫌いしたい感情は自分の六根の穢れが作り出しているものであるからこそ、それらを清浄にすれば良いのです。嫌な人や物と和するとは、その人や物を愛すること。それに気づいて、あらゆるものに和する、即ち愛することができれば、自らの言動は宇宙の姿に近づいていくでしょう。

 

결국,<自己(자기)=宇宙(우주)>라고 하는 도식이 되는군요

자신이라고 하는 소우주와 주위의 사람과 물건이라하고 하는 대우주의 중심이 만나고 있는 것.그것을 합기라고 합니다. 그렇지만 세상의 중심에는 기가 합쳐지지 않는 사람과 어려운 사람/사물 등이 있습니다. 그것들을 까닭없이 싫어하는 중에는 아직 그것들과 합기가 가능하지 않은다고 말합니다. 요컨대 우주과 합기가능하지 않는 것입니다. 만일 「自分=宇宙」 라고 한다면 자기의 중심에 완전히 포함되어집니다. 그 싫은 사람과 물건도 자신의 비춰진 모습에 지나지 않는 것입니다. 그렇기에 인정하고 싶지 않은 것이 반발하고 싶어집니다. 그래도 까닭없이 싶어지는 감정은 자신의 육근의 더러움이 만들어내고 있는 것이기 때문이기에. 그것들을 깨끗하게 하면 좋은 것입니다.싫은 사람이나 물건과 조화하는 것은 그 사함과 물건을 사랑하는 일. 그것에 신경써서 이런저런 것에 조화하면 즉, 사랑하는 것이 가능해지면 자신의 언동은 우주의 자태와 닯아가는 것이지요. 

  

嫌な人も良い人も,

雑な人も丁寧な人も,

賢い人も愚かな人も

すべてが自分の中にあります。だから、反発したくなる人が現れるのは、自己と宇宙の中心を合わせるための試練だと思ってください。

싫어하는 사람도 좋아하는 사람도. 

잡스런 인간도 진정한 사람도,

현명한 사람도 우매한 사람도

모두가 자신의 중심에 있습니다. 그렇기에 반발하고 싶은 사람이 나타나는 것은 자신과 우주의 중심을 합해지기 위한 시련이다 라고 생각해 주십시오.

 

その試練をクリアすると、その人はいなくなります。

あるいは自分の味方になってくれることもあるでしょう。どのような出会いも、あなたにとって必要なご縁と捉えて接してみてください。小宇宙である自己の六根を清めることで、その奥にある魂が表に現れた行いができるようになります。それは、ちょうど大宇宙が愛の大精神から生まれた姿に重なります。

그 시련을 해결하면 그 사람은 없어지게됩니다. 혹은 자신의 아군이 되는 일도 있겠지요.

어떤 만남도 당신에게 있어서 필요한 인연아라고 붙들어 접해봐 주세요. 소우주인 자기의 육근을 깨끗이 하는 것으로 그 안에 있는 혼이 표면으로 나타나져 행해지는 것이 가능해집니다. 그것은 마치 대우주가 사랑의 큰정신에서 생겨난 모습과 겹쳐집니다.

 

合氣道は、すべての人々を守り、あらゆるものを守るためにあります。

万類万象を生かしていく道です。

開祖は仰います。

「人というものは、造化器官であることを知り、全大宇宙と己とは同じということを知らなくてはならない。」

全ての中で生かされ、生きている自己の使命を知る。

宇宙の営みに奉仕する人生を送りたいものです。

 

합기도는 모든 사람들을 지키고 이런저런 것들을 지키기 위해 있습니다.

만유만상을 살리는 길입니다. 창시자께서는 말씀하셨습니다.

「인간이라는 것은 조화기관이라는 것을 알고, 전대우주와 자기와 같다고 하는 것을 알아야만 한다。」 모든 중심에서 활용되고 살아가는 자기의 사명을 알라. 우주의 일에 봉사하는 인생을 보내고 싶은 것입니다.

 

 

0 Comments
카테고리